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『ファントム・スレッド』感想~背後に家族が見えない女と、背後に家族が見えすぎる男

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今日はポール・トーマス・アンダーソン監督『ファントム・スレッド』を観ました。

あの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来のダニエル・デイ=ルイスとの強力タッグですが、今回は意外にもオートクチュールの世界を舞台にした愛憎劇でした。

 

 

作品情報

あらすじ

舞台は 1950 年代のロンドン。英国ファッションの中心的存在として社交界から脚光を浴びる、オートクチュールの仕立て屋 レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)。ある日、レイノルズは若きウェイトレス アルマ(ヴィッキー・クリープス)と出会う。互いに惹かれ合い、レイノルズはアルマをミューズとして迎え入れ、魅惑的な美の世界に誘い込む。しかしアルマの出現により、完璧で規律的だったレイノルズの日常に変化が訪れ…。やがてふたりがたどり着く、究極の愛のかたちとは―。

Filmarksより引用https://filmarks.com/movies/76957

 

感想 (ネタバレなし)

優雅なオートクチュールの世界

ポール・トーマス・アンダーソンフィルモグラフィーからしたら、オートクチュールのドレスデザイナーを主人公に優雅な世界を舞台にしてるのはちょっと意外。映像もとても綺麗で典雅な作りになっています。PTAさん、こんな個性もあったのか…と。

しかし、後で見たダニエル・デイ=ルイスのインタビューで、「何気なく主人公の職業を決めてしまって僕も監督も自分の首を絞めてしまった」と言っていて、どうやらクリエイティブな職業にしたいとは思っていたけど、わざわざハードルの高いものを選んでしまったそうです。ちょっと安心しました(笑)。

でも2年前に草案を持ってきた監督と二人でアイデアを出しながら作品を作り上げていったようで、本当にいいタッグでやってるんだなと感じました。 

音楽も引きつづきレディオヘッドのギタリスト、ジョニー・グリーンウッドが担当し、これまた良い仕事をしてくれてました。軽やかで美しい音楽が作品を彩ります。

 

監督、俳優、音楽家、才能ある人たちの優雅な仕事がつまっています。

 

しかし、あくまで監督はポール・トーマス・アンダーソン。ただただ優雅なだけで済むはずはありません。

男女のじりじりとした膠着状態のなかからだんだんと怖ろしさの顕現してくる映画でした。

 

感想(ネタバレあり) 

2人の出会い~イケメンおじさんと若いムスメ

ダニエル・デイ=ルイス演じる高級ドレスデザイナー、レイノルズは、完璧主義な仕事人間で、いささか気難し屋すぎるところがあります。家の雑事を取り仕切る姉と一緒に暮らし、そこに恋人も住まわせますが結婚はせず、相手が鬱陶しくなったらポイです。

そんな彼が出会ったのがレストランでウエイトレスをしていたアルマ。

イケメンおじさんと、そのミューズになる若い娘の出会いです。

この出会いのシーンが良かったんですよね。若い娘が椅子につまづき、照れて「えへへ」と笑った姿に、イケメンおじさんがグッときます。それまでの神経質な様子がうそのように、ニタニタとした笑顔をずっと浮かべて彼女を見つめるおじさん。ここで普通のおじさんなら気持ち悪いところですが、なんといってもダニエル・デイ=ルイスのイケメンおじさんなので、そのニタニタ笑顔が気持ち悪くない。彼女のほうもまんざらではなく、結局その日にデートの約束をします。

タニタ笑顔といい、スマートな誘い方といい、可愛らしい若い女性とおじさんの感じがよく出てました。

 

そこからあっという間に恋人関係となり、家に住むようになるんですけど、レイノルズの姉の存在が大きくなかなか二人になる時間がありません。

結婚せず、ずっとレイノルズの傍で彼を支えながら一緒にやってきた姉と弟の絆はなかなかのもの。ちょっと『クリムゾン・ピーク』を彷彿とさせるものがあります。思えばあれも英国ものでした。

また最初は幸せそうに見えましたが、一緒に住むようになると彼の気難し屋の面がどんどん出てきてケンカも増えていきます。

朝食時に男はドレスのデザインをしているのですが、その横で食器をがちゃがちゃ言わせたりバターを塗る音がうるさい女にイライラして当たります。神経質なやつです。(正直わたしも生活音大きいの気になるから気持ちはわかるw)

最初はあんなにニタニタ笑顔だったのに結局また別れるパターンか…と思いきや、アルマという女性は違いました。怖ろしい女でした!

 

背後に家族が見えない女と、背後に家族(特に母親)が見えすぎる男

ここからは完全にネタバレになっていきますが、 アルマはレイノルズに毒キノコ入りの食事を食べさせ、弱った状態にさせて彼を自分のものにしようとします。やべえ奴です。

でも、どうも変だなとは思ってたんですよ。

彼女には家族の影がまったく見えません。思えば、最初の食事で、レイノルズがアルマに母親の写真を持っているかと聞きますが、彼女は家にあるわとその有無を答えるだけで、それ以上母親については話しませんでした。まあ、レイノルズが母親への異常な執着を示す話をしだしたので、何も自分からは話せなかったのかもしれませんが、一般的な映画なら、女性は母との思い出やどんな母親なのかを話したりするものです。

その後も、二人は結婚もしたのに、彼女の家族らしき人々は出てきません。情報すら何もありません。彼のほうは家族の話がいっぱいなのに。これってなんかすごく怖くないですか?彼女の背景がまったく見えないんです。

ポール・トーマス・アンダーソンは、彼女の家族を見せないことで、アルマという女性に得体のしれない怖さを注いだんだと思います。

もともとウエイトレスという職業で、裕福な家庭に育ったわけではないことは容易に察しがつきます。もしかしたら彼女は、家庭環境により毒キノコを入れるような屈折した人間になったのではないかという推測ができますし、根がサイコパスという推測もできます。

たまにホラーとかスリラー系の映画で、「実は彼女が小さい頃に家族を皆殺しにしていた!!!」みたいなオチの作品がありますが、彼女はそのタイプなんじゃないでしょうか(笑)。フツーの人ならなかなかあんなことしないですからね。

 

かたやレイノルズのほうは、若くして亡くなった自分の母親に取りつかれています。亡霊まで出てくるので、本当の意味でも取りつかれています。だから「ファントム(=亡霊、幻影)・スレッド(糸)」なんでしょうね。

きっとお母さんは本当に素敵な女性だったんだと思います。でも、中年になった今でもあれほど母親の死を引きずっていては、それは彼の恋人となる女性たちは大変です。 

ましてやそばにずっと姉もいるし。

 

日本には結婚前にウェディングドレスを着ると婚期が遅れるとかいう迷信もありますが、本作によるとイギリスには「ウェディングドレスを作る女性は一生結婚できない」という迷信があるようです。

アルマはその迷信にも惑わされているようでしたが、小さい頃から弟のドレス作りを手伝い、結婚せずとも毅然と生活しているあの姉が一番まともな人だったんじゃないかっていうふうにも見えました。演じたレスリー・マンヴィルさんもとても良かった。

あの二人はあの二人で独自の愛を貫いてくれたらいいと思いました(笑)。